ミンキーのひとりごと

  

母を亡くしてひとりになったシルバーのひとりごと

浅田真央選手が大好き

冬季オリンピックが連日テレビで話題になっている。
母と私の好きだったのがフィギュアスケートだった。


浅田真央とキム・ヨナが対決していた頃で
父がまだ生きていた。

浅田真央選手が大好きで試合がテレビで放送されると
必ず母は見ていた。


浅田選手が負けるところを見たくないのか
「見ていると負けるから見ない」と言い出した。
「見ないと必ず勝つから…。」

子供みたいだが
母は本気で、テレビは映っているものの見てない。
後から結果だけ知る。


そのころは浅田真央選手の全盛時代だったので
出る試合はいつも賞を取っていた。
母が見ていても勝っただろう間違いなく。


浅田選手はショートプログラムで失敗して
フリーで巻き返すことが多かったので
母も私も最後までハラハラした。


2011年の出来事
  東日本大震災が3月11日に発生
  6月父が永眠
  7月24日地上デジタル放送開始
  12月浅田選手ファイナル欠場 母急病で緊急帰国


母とGPファイナルに出る浅田選手を見るのを
楽しみにしていた。


すでに現地入りして翌日試合を控えていたが
浅田選手のお母さんが急病でGPファイナを欠場して
突然日本に帰ったニュースが入った。


繰り上げ出場も間に合わず残りの5人で試合したこと。
浅田選手が母の最後に間に合わなかったと
残念なニュースが続いた。


浅田選手の行動は甘いとか
批判しないでそのまま見守るとか
いろいろな意見が出たようで。


その当時私は
浅田選手のような人は親の死に目に会えないことも
あるのではと思った。
だからといって試合を欠場した浅田選手を
嫌いになったわけではなかった。


母を亡くした今


 母危篤の一報ですぐに日本に帰ったのは当然だ。
 帰らず試合に出場していたら
 浅田選手に賛同できなかった。
 そんな状態でなにができるだろう…。
 メンタルが強いとっても無理だ!


今すぐ帰れば母に会えるなら
私は何も考えずにすぐ帰る。


浅田選手の行動も同じだ。
今になってその気持ちがよくわかる。


浅田選手のファンとして
よくやった!
それでよかったのだ!

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