納棺で入れるもの・母の願い
戦争で音楽を断念した母の願いを
叶えたく楽譜を棺に入れた。
女学校を卒業して東京の音楽学校へ入学した後
戦争が始まった。
食料事情の悪い東京を離れ実家へ帰ったが
東京の音楽学校へ戻ることはなかった。
声楽よりピアノが好きだった。
介護施設にピアノが置いてあったが
年老いて指がうまく動かず
思うように弾けなかった。
母はそれが悔しくて弾くように勧めても
ピアノに手を触れなかった。
ピアノの話をすると代りにきれいな声で歌った。
これは子供3人の願い。
来世でも母の好きなピアノを弾いて下さい。
デイサービスでクレヨンで描いた赤富士を
持って帰ってきた。
絵の色使いがとてもよく、
「これからは画伯と呼ぼう」と
言われたことを自慢した。
母がこんなにうまく絵を描くとは知らなかった。
それ以来、画用紙、クレヨンを
母はよく欲しがった。
母と離れて暮らしていた妹2人は
絵を描くのが好きだったことは知らない。
画伯と褒められた赤富士の絵を
妹に見せて棺に入れた。