ミンキーのひとりごと

  

母を亡くしてひとりになったシルバーのひとりごと

ここで休憩・過去の正月

 今日は平成30年元旦

                           チョット休憩です。


ここからは過去の正月の話


入院中に知り合ったAさんから
元旦の朝、突然電話が掛かってきた。


私の送った年賀状を見て
居ても立っていられず
電話してきたようだった。


入院した1週間ぐらいの間
御主人を介護しているAさんと
母を介護している私と
同じ介護のことで話が合い
連絡先を交換した。


Aさんは私と同じくらいの娘と息子がいた。
私の母親より6歳ぐらい若い年齢だったが
なぜか気が合って病室で
介護のことでよく話をした。


心臓ペースメーカーを付けた御主人と
あちらこちら体の悪い母
入院してもすぐ家に帰りたいと
興奮してぐずることなど…。


状況が似ているため
母親といってもよい年配のAさんに
つい友達口調で話していた。


電話の内容は、
御主人がぐずるため入院している病院から
たびたび呼び出しがあること。
見かねた息子が施設に預けることを決めたこと。


Aさんは御主人を施設に預けることが
かわいそうだと話す。
体は悪いが痴呆症があまりない御主人は
頭はしっかりしているのだろう。
母に似ている。
それだけに自宅に居られないことが
がまんできないのだろう。


御主人を家に帰してあげたい気持ちがあふれて
Aさんはがまんできなくなったようだった。
子供達は皆、施設に預けることを
承諾しているのだろう。


私も母を施設に預けたばかりで
同じように思うことがあるので
Aさんの気持ちはよくわかった。


入院した病院で、体の状態から
家に帰らずに施設か療養型病院へ
母を預けた方がよいと言われた。


家に帰りたいと哀願する母に
ほんとうのことは言えず
かわいそうだと思いながらも
何かと理由をつけごまかしていた。


Aさんが電話してきたのは
私ならわかってくれると
思ったからだろう。


「御主人を体が悪い状態で家に帰したら、
面倒みきれず殺してしまうことになる!
そう思いませんか!


私の母もそう思って施設に預けてます。
殺してしまうことになるから…。
そう思ってがまんしなさい。
そうするしかない…。」


Aさんが静かになった


「そんな…そんなこと…殺す。」
そこで静かに電話が切れた。


やさしい言葉ではAさんを慰められない。
平手打ちをするような言葉しか言えない。


息子さんが夜中は御主人と同じ部屋で寝て
介護を手伝ってくれると聞いた。
やさしい息子さんだと思った。


息子さんも苦渋の決断だったのだろうと。


電話が切れた後、
これでよかったのだと何度もつぶやいた。


現在Aさんとは年賀状で
近況を報告するお付き合いが続いている。

追記


昨年12月27日【割込み・喪中見舞い】のプログで


…喪中見舞いを出した。…
お返しにお悔やみのメッセージが書かれた
喪中見舞いが届いた。…


と書いたが


お返しの喪中見舞いの差出人がAさんです。


時期を同じくしてお互い大事な人を失い。
同時に介護から解放された。


共通のつながりが無くなってしまった。


来年の年賀状はどうするか
新年早々来年の心配をしている。



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